知っているようで知らないめがねの話 Vol.1

福井県民ならどなたでも、現在、福井県の眼鏡産業が、日本における95%以上のメガネフレームを製造していることを ご存知だと思います。

しかし、「めがね」は いつ・どこで発明され、日本にはいつごろから「めがね」が出現したのか。また、福井で「めがね」が作られるようになる前はどこでいつごろから作られていたんだろう、ご存知の方は少ないようです。
ではまず、この世に眼鏡なるものが出現したのはいつか?と言うことですが、その前に「めがね」と言う道具がどう定義されるか、一般的に「めがね」とは、人間の目(瞳孔)の前に、レンズを固定する道具であると定義されています。

この「めがね」が、いつごろ・誰によって、発明されたのかは、いまだ正確な答えはありません。1299年に書かれた古文書に「私は、非常に視力が弱っているので 新しく発明された「めがね」がなかったら 本を読むことも書くことも出来ない。「めがね」の発明は視力の弱い老人にとって非常な恩恵である」と、書かれています。また、イタリアのある教会の壁に、1270年頃刻まれた壁に、おそらく最古のものではなかろうかと思われる「柄のついた「めがね」の浮き彫り」があるということ、などを考察すると、大体、「めがね」の発明は1270年代(13世紀後半)ではなかろうかと考えられています。

この頃、いまのような耳に掛け、あるいは、鼻で支える形の眼鏡フレームが発明されたようです。
レンズについては、そのはるか以前の紀元前後の頃に発明されたといわれています。透明な水晶を文字の上に偶然置いたところ、文字が大きく見えた。そこで、拡大鏡を思いついた。容易に想像できることです。
イタリアで眼鏡が発明されたのは、ベネチア(ベニス)でガラス工業が盛んになり、発達したことから眼鏡が必然的に発明されたのではないかと言われています。

その2へつづく

2008年12月22日