めがね物語 めがね物語

知っているようで知らないめがねの話 Vol.7

戦後の増永工場

戦後の増永工場

メガネフレームといえば金属の枠とプラスチックの枠があります。プラスチック枠のほうが金属枠より後に出てきますが、金属に代わり眼鏡枠素材としてセルロイドが脚光を浴び始めたのは大正9年の頃でした。アメリカの俳優ハロルド・ロイドがセル枠の眼鏡をかけてスクリーンに登場し、その斬新な色柄がアメリカでブームになり、日本でも「ロイド眼鏡」としてもてはやされるようになりました。

福井では昭和6年頃に佐々木末吉さんがセルロイド枠を完成させました。金張り枠に続きセルロイド枠を完成させ昭和12年頃には生産のピークを迎えることになります。

そして、いよいよ第2次世界大戦へと進んでいきます。
この戦争により、金の使用が禁止となり、従業員も招集され、材料も不足する状態では、福井の眼鏡産業も中断を余儀なくされます。
しかし、終戦を迎え福井県の眼鏡業界はいち早く立ち直りを見せ、戦後の極端な物不足の中で生産が追いつかなくなるような有様になりました。
戦後60数年の眼鏡業界の進展についてはご存知の方も多いようですが、いくつかの困難(例えば昭和41年の生産過剰による不況や、昭和61年の円高不況平成4年のバブル経済崩壊による平成不況など)を除けば、一貫して成長してきました。
これは、産業の創世記の増永五左エ門翁の起業家精神、そしてたくさんの先人たちの眼鏡品質にかける努力がその後の業界人に脈々と受け継がれているからこそ続いていることと確信しています。

現在、低迷を続ける眼鏡業界ですが、常に、これら先人たちの英知と努力を忘れずに前進していきたいと思います。

2009年10月12日